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「あいつのせいで乗り遅れたのよ!」
さわ子の怒声がおでん屋の屋台に響き渡り。店主が少し顔をしかめながら
「先生、今日は飲みすぎてるんじゃない。大丈夫?」
そうボソリと言った。
顔にはこんな酔っ払いがいては他の客が寄り付かないじゃないか! と書いてある。
それをチラリと横目で見てさわ子の隣の女が口を開いた。
「まあまあ落ち着きなさい。健ちゃんと上手くいってないの?」
やや呆れた様子でかつてのバンド仲間であり友人のクリスティーナことのりみがさわ子を嗜める。
「上手くいくも何も健一はカレシじゃありません〜」
酒臭い息を吐きながら口を尖らせてさわ子が食いついてくる、完全な酔っぱらいだ。
「ふ〜ん。でもエッチはしちゃうんだ」
「うっ! そっそれは」
痛いところを突かれたのかさわ子が急に勢いを無くして萎縮する。
「あいつはエッチをするだけのセックスフレンドなの」
さわ子はばつの悪そうな表情を浮かべながら小声で言い返してきた。
「でもこないだライブ見に行って一緒にヘドバンしたんでしょ?」
「うっうん……まあ音楽の趣味は合うのよね……意外と」
「そんで。お食事もよく一緒にするよね?」
「あいつ意外と美味しいところ見つけてくるんだよね。あと作っても上手なのよ」
「遊園地や美術館とかなんだか楽しそうに出かけてない?」
「うっ……まあ……暇だから」
「ふ〜ん」
のりみはいまいち二人の関係をつかめなかった。
それって付き合ってるって言うんじゃないの? と尋ねたくなる。
率直に言ってさわ子はモテない。
見かけはかなりの美人であるし、物腰もとても柔らかく洗練されているように見える。
そう。なまじっかとても良く出来た美人に見えてしまうだけ実態を知ったときの落差が大きいのだ。
実際の彼女は人目を気にして御淑やかに振舞っているだけで、愚痴は言うし気は小さい、そのくせ思い込みは激しく、
ふっ切れてしまうと今度は考えなしに突っ走る。要するにヘタレなのだ。
しかしそういった彼女の弱い部分を差し引いても、さわ子は魅力的な女性だ。少なくとものりみはそう思っていた。
でも健一以外の男性は彼女に完璧さでも求めているのか、実態を知ったら彼女を振った。
「健ちゃんはさわ子のことわかってる人だと思うけどね」
のりみがやや言いにくそうに言った。正直このままでは健一にも愛想を尽かされるかもしれない。
セックスフレンドだとかカレシじゃないとか言いながら、結局いなくなったら後悔するんじゃないかとのりみは思った。
「愛が無いと付き合ってるって言えないでしょ?」
「なんで無いと思うのよ」
今までなんとなく聞けなかった質問をこの機会にぶつけて見た。
今ならきっと酔っていてこの時の会話を思い出せ無いかもしれない、と言うかさわ子の事だからたぶん思い出せない。
「あいつエッチばっかりするのよ」
「ちょっと多いかもしれないけど、それだけさわ子を求めてるってことじゃない?」
「うっ……そうかな?」
「普通遊んでるだけならそんなに何年も可愛がってくれないよ」
「うう……たしかにそうかも……しれないけど」
「しかもお食事したり普通にデートもしてるじゃない」
「でも……でもね」
「何? 言ってごらん」
「あいついつも私のこと可愛いとか最高だよ。とか言うけど……愛してるって言ったこと無いのよ!」
さわ子が真顔でそう叫んだ。
「へっ?」
「愛し合ってなきゃ彼じゃないでしょ?」
さわ子が泣きながらそう言った。
「ちょっ!」
それこそ、そんな形の無いものだからこそ、行動や態度で示すもんじゃないの?
とか口に出して言えばいいんかい? とか思わず突っ込みそうになった。
「はぁ……そうかな? そんなもんかな〜」
どうせ今諭しても酔っていて覚えてないだろう、余計なことを言ってこれ以上興奮しても困る。
口に出掛かった突っ込みをなんとか飲み込む。
「そうよ〜あいつ! そ〜だ。文句言ってやる」
ぷりぷりと怒りながらさわ子は携帯電話をとりだす。
「よしなさいって」
そう言えば彼女はそんな表面的なことをずいぶん気にする性分だった。
ある意味それがさわ子の個性なんだよ。そう笑いながら言っていた人の良さそうな男の顔をぼんやりと
思い出した。
(今度こっそり教えてあげよっと)
しかし……この後さわ子の愚痴に付き合って、飲みすぎてしまったのりみもこの時の会話を忘れてしまう。
その後のさわ子と健一の交際は紆余曲折ありすんなりとはいかなかった。
この日の絡み酒が原因で軽音部の面々のなかでさわ子が最後にバージンロードを歩くはめになった。……なんて
話も有ったらしいが真偽のほどは定かではない。
だが最後にはさわ子にも春が来たこと……これだけはどうやら確かなようである。
「さわちゃんだってやれば出来るんだね!」
そう結婚式のスピーチで誇らしげに語った元教え子の一言は、後々まで語られる伝説となったとかならなかったとか。
ただ結婚式で一番号泣したのはさわ子だった。これは確かな話である。
END
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